竜雷太、4度の結婚と3度の離婚、すごい、ビックリ!

 

竜 雷太さんは
アメリカ、
サンフランシスコ・ステート・カレッジへ
留学し、帰国後、

日本テレビの青春ドラマシリーズ第2作
「これが青春だ」の
主役に予定していた夏木陽介が
クランクイン2週間前に降板、

プロデューサーの岡田晋吉さんが
急きょ全くの新人を
主役に抜擢して対処しようと考え、

ドラマ『新・新三等重役』で
ひと言だけセリフがあった
バスの運転手役の演技に
強い印象を抱いて、

竜 雷太さんを『これが青春だ』の
主人公・大岩雷太役に起用、

竜 雷太さんは無名の新人から
一躍スターダムにのし上がります。

 

 

芸名は、
新人を売り出すのに本名の
「長谷川 龍男」では
インパクトが足りない
ということで

主人公の役名・大岩雷太を
そのまま芸名にしよう
とプロデューサー間で決めましたが、

本人が
「親に貰った名前を変えるのは嫌だ」
と強く抵抗。

 

結局、本名から「龍」の字を取り
「竜 雷太」としたと。

 

しかし、本人はドラマ終了後は
本名に戻すつもりだったと。

 

竜雷太、4度の結婚と3度の離婚、すごい、びっくり!

 

竜雷太さんは
初めに女優の吉成洋子さん
と結婚しますが、

約1年で離婚し、
翌年には、
女優の夏圭子さんと再婚します。

 

(夏さんとは、
不倫の末の結婚だといわれています)
夏さんとの間に男の子が誕生し、

幸せな結婚生活を送っている
かと思われたのですが、

夏さんとも21年後に離婚して早くも、
その翌年には飲食店に勤務する
一般女性と再々婚。

 

しかし、これまた、
約1年ほどで離婚。

 

その後、いつ頃かは不明ですが、
祐紀子さんという一般女性と
4度目の結婚をして
現在に至っているということです。

(祐紀子さんとも
不倫の末の結婚だといわれています)

 

竜雷太、初婚は1969年、女優の吉成洋子と結婚

 

竜雷太さんの最初の結婚は
20代後半の頃。

 

妻は女優の吉成洋子さん。
1969年です。


しかし、おふたりは1年半で離婚します。
その離婚理由は
竜雷太さんの不倫だった
のではないかといわれています。

 

竜雷太さんが不倫した相手ですが、
次の奥さんとなる夏桂子さんです。

 

竜雷太、2回の結婚では子供もできて
幸せな結婚生活、しかし21年目に離婚

 

竜雷太さんが再婚
(2回目の結婚)したのは1971年。

30歳の頃でした。
妻は女優の夏圭子さん。
年齢は3歳年下。

 

男の子を設け、
21年後1991年に離婚します。

 

この2人目の奥様である
夏桂子さんとの間に生まれた息子さんが
名前を長谷川洋平さんといいます。

 

日本ではなく韓国に住んでいて、
現在は、インディーズバンドの
プロデューサー兼ギタリスト
として活躍中ということです。

 

竜雷太さんが再婚(2回目の結婚)
したのは1971年。

30歳の頃でした。
妻は女優の夏圭子さん。
年齢は3歳年下。

男の子を設け、
21年後1991年に離婚します。

この2人目の奥様である夏桂子さん
との間に生まれた息子さんが
名前を長谷川洋平さんといいます。

 

韓国に住んでいて、
現在は、
インディーズバンドの
プロデューサー兼ギタリスト
として活躍中ということです。

 

長谷川洋平さんが
韓国に渡ったのは、
1995年のことでした。

韓国のロックの魅力にとりつかれ、
そのまま出会ったギターにもハマり、
ギタリストとして
活動することになったようです。

韓国でギタリストをする上では、
やはり移住するほうがいい
と考えたのでしょうかね。

そのまま韓国に住むことになり、
名前も本名ではなくて
ヤンピョン・イヒョンという愛称で
親しまれているようです。

 

本人は、両親の離婚に関連して、
次のようなコメントを残しています。

 

「両親が離婚しているが、
記者たちが訪ねてきて大変だった。
僕は絶対に舞台に立つような
人間にはならないと思っていたが、
偶然ギターにはまった。」

このコメントからは、
親の七光りを嫌う意味合いと、
俳優ではなく音楽を選んだ
という意思が伺えます。

 


そうはいっても、
韓国という国で、
音楽家として仕事をしていくのは
大変だと思います。

それでも、
「ヤンピョンイヒョン」と
韓国語では「陽平兄さん」
という親しみのある呼ばれ方をして、
受け入れられているのだから立派です。

このあとに「長谷川陽平」
の特集コーナーを設けます。

 

 

竜雷太、2回目の嫁と離婚直後すぐに3回目の結婚

 

竜雷太、その後4回目の結婚

長谷川陽平、竜雷太のひとり息子

長谷川陽平さんは
24歳の時に
コプチャンチョンゴルを結成し、

サヌリムなどの
懐かしの韓国ロックバンドの曲をカバーし、
日本で活動を開始します。

 

その後、
韓国と日本を行き来するようになり、
1999年に韓国でCDデビューを果たします。

当時の韓国は、
舞台上で日本語を話すことさえ
禁じられるような時代でした。

そのため、
日本人バンドが
韓国でデビューする事は
前代未聞の事
でした(^^)

 

長谷川陽平さんは
コプチャンチョンゴルのメンバーとして
韓国で活動しながら、

同時に他のバンドの
ギタリストメンバーとしても
活動を開始します。

2005年、
コプチャンチョンゴルの
結成のきっかけともなった

韓国の国民的バンド
『サヌリム』に
4人目のメンバーとして加入
します。

2011年には
プロデューサーとして
関わっていた

韓国のロックバンド
『チャン・ギハと顔たち』
に正式加入
しています。

翌年の韓国大衆音楽賞で、

今年のアルバム、

今年の音楽人、

最優秀ロックアルバム、

最優秀ロックソング

の4部門で受賞を果たします。

 

まとめ

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